鮎(けんかうお)
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一〇月も中旬を過ぎると、鮎漁のシーズンも終わりだ。しかし漁師には大事な仕事が残
っている。慰霊祭だ。
生き物を殺して、魚に遊んでもらっている漁師にとって、供養は絶対忘れてはならない
儀式だ。根尾川親睦会においては、以前は谷汲山華厳寺、専壇寺、そのほか寺院の本堂で
の読経や、時には、郡上市の郡上城内に建立されている、鮎塚の参拝などで供養をしてい
た。
一九九八年、根尾川親睦会会員と釣りクラブなどによって、「根尾川魚塚」がやながわ
に建立された。当時、漁業者の水難事故が相次いだのをきっかけに建立されたが、それか
らは毎年、宮司を呼んでこの魚塚にて、神式による慰霊祭を行っている。
一夏の安全と豊漁に感謝し神前に玉串を奉奠する時、しみじみと根尾川や鮎に対する感
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謝の気持ちが湧いてくる。
「今年一夏、ありがとうございました」
と。
本来、供養とは自分自身の心を見つめ直すためにするものだとだれかが言っていた。
普段から俺も含めて鮎漁師はいつも文句ばかり言っている。鮎が釣れない腹いせになにを
言っても反論しない漁協に噛み付いたり、他人のせいにしたり、時に鮎のせいにしたり、
常に勝って気ままなことばかり言っている。根尾川や鮎や自分以外のいろいろな人たちか
らいっぱいの幸せを貰っていることを完全に忘れ去っている。
「二礼二拍手一礼」
それぞれの思いや反省を胸に、今、漁師たちの夏が終わろうとしている。
慰霊祭の後は、文字通りの親睦会。
普段あまり仲が良くない漁師たちもみんな集まっている。いつも喧嘩をしたり、ドブ
付いてばかりいた(文句ばかり言っていた)漁師たちが、笑いながら酒を酌み交わして
いる。
根尾川親睦会会長カネサが言った。
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「まあワシも八二やで そろそろ会長代わってもらわんとなあぁ」
「続投―」
だれかの一声に、一斉に大きな拍手が沸いた。
カネサの申し出は一瞬で却下。カネサが最適任者なのはだれもが知っている。
ヤマちゃんが今年の大漁話を自慢げに話している。もう何十回となく聞いた話ばかりだ。
ヨコサが、どじょうすくいを踊りだした。
酔っ払いのシモちゃんが突然立ち上がって、なにか挨拶を始めている。
みんな笑っている。
心の底から笑っている。
タダトッサが言った。
「こんな楽しい会はほかに知らん。ほんとにうまい酒や。みなさん ありがとう」
そうだ。鮎は決して喧嘩魚という一面だけではないのだ。
鮎にとって縄張り争いは、喧嘩をしているのとは違う。ほかの動物のように傷付けあっ
たり、殺しあったりはしない。過酷な自然界で生き残り、後世に確実に子孫を残すために
編み出した、鮎ならではの生き残りの術なのかも知れない。
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漁師たちもそうだ。川であれほど張り合っていても、今、こうして心から笑っている。
鮎は喧嘩どころか、一杯の友人を紹介してくれているのだ。正に鮎の取り持つご縁だ。親
子以上の年代を埋めて、地域や職業の域を越え、利害関係を抜きにした本物の友情など、
ほかにあるのだろうか。
この地方では昔から鮎のことを「アイ」と呼ぶ。
俺はできれば魚編に愛と書いてあゆと呼んでやりたい。
「おーい 俺にも一杯くれ―」
ツネキチ君の声がどこからともなく聞こえたような気がした。
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参考文献
『魚介類の感染症。寄生虫病』 江草周三監修
『下水道の計画』 下水道実務研究会
『日本の天然記念物』 加藤睦奥雄監修
資料、情報提供(敬称略)
根尾川筋漁業協同組合
本巣市下水道課
財団法人岐阜県環境管理技術センター
株式会社岐阜丸魚
株式会社岐阜魚介
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川魚の柿勇
橋本屋おとり店
鮎漁師 高橋兼太郎
同 高橋哲
同 鳥本静夫
同 福田登喜雄
ほか
ご協力ありがとうございました。
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■著者プロフィール
内藤よしじ(ないとう よしじ)
1953年生まれ、岐阜県出身。本名、内藤 嘉治。
岐阜県根尾川河畔に生まれ育ち、半世紀もの間、
根尾川に暮らす鮎と人々を見続けてきた。本書
では、川と鮎、漁師の姿を、鮎漁師の視線から
素直な筆致で綴っている。
ホームページ http://www.kenkauo.com
喧嘩魚 鮎と根尾川と漁師たち
2007年6月25日 初版第1刷発行
2007年7月15日 第2刷発行
著者 内藤よしじ
発行人 松崎義行
発行所 新風舎
〒107-0062 東京都港区南青山2-22-17
編集 渡辺和門
装幀 細見岳史
装幀写真 Steve L.Rollinson
印刷、製本 株式会社上野印刷所
C Yosiji Naitoh.2007Prinited in Japan
ISBN978-4-289-0 C0095
落丁、乱丁本は、小社営業部にお送りください。お取替えいたします。
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